世田谷区太子堂2・3丁目地区で住民参加の修復型まちづくりを30年にわたり先導してきた梅津政之輔さん。
その取り組みは、対話型で築くコミュニティデザインにつながるものでもあります。
コミュニティデザイナーの山崎亮さんとともに、太子堂を訪れ、お話を伺いました。



その1  太子堂のまち案内


◎太子堂の事業実績mapはこちら → pdf


ふれあい広場 (map@)

ここは元風呂屋さんとお医者さんの跡地を買収してつくった広場です。設計は住民参加で行いましたが、検討に際しては放置自転車が多かったので自転車置き場にしようという話や、三軒茶屋駅から地下道を通す要望もありました。
ここで開催している大きいイベントは、8月の三茶フェスティバル。ほかに、大道芸イベントをしたり、フリーマーケットをしたり、物産展を行っています。

かどっこ広場 (mapA)

住民参加でつくったポケットパークです。
当初はテーブルが設置され、買い物に来た人がひと休みしたり、塾に行く前の子供がここで宿題をしたり、若者がミニ宴会をやったりと地域の人に利用されていましたが、ホームレスが住みつくようになって近所から苦情が出て、テーブルは取り払われました。
世田谷区が地域の人に呼びかけてこの公園の作り方を考えるときに、「公園」と「ワークショップ」を合わせて「パークショップ」という造語をつくりました。「パークショップ」は最近使われるようになりましたが、ここが発祥の地です。


協調建替えの建物 (mapB)

このあたりの道路は、地区計画で6mに広げることになっています。
この町は、狭い敷地に家を建てているものが多く、世田谷区では共同建替えを推進していますが、ここ30年で1件しかできていません。
ここも共同建替えにしようとしましたが条件があわず、デザインを統一する「協調建替え」にしました。セットバックした歩道上を同じタイルでつなげて連続性を持たせています。


トンボ広場 (mapC)

ポケットパーク第1号です。公園のデザインから植栽の種類まで近隣住民と相談して決めました。
もともと空き地で、放置自転車が置かれたり、ごみ置き場になっていました。役所に言っても改善されないということで、協議会に話が持ち込まれ、小さな公園にすることになりました。
すべて業者に任せないで自分たちでできることはやろうと、まわりの竹垣は近所の人たちがつくりました。管理は近所の方や地域の団体が自主的にしていて、いつもきれいな状態が保たれています。


太子堂2-20広場 (mapD)

当初は老人会の要望でゲートボール場として整備しましたが、役所がルールを知らずに作ったために、その後は使わなくなった場所です。
しばらく未利用のままだったのですが、近所の人たちが広場の一角に花壇をつくりました。
太子堂は関東大震災以降に密集市街地になったところなので、畑の畦道がそのまま道路になっています。
そのため道が狭く曲がりくねった道や行き止まりが多いのです。それを改善するために1軒の住宅を買収してこの広場がつくられ、通り抜けができるようにした場所です。



烏山川緑道 (mapE)


ここは昔、川だったのですが、昭和30年代にコンクリート護岸にしたところ、住宅の増加とともに水害も増え、昭和40年に暗渠化して緑道にしました。
しかし植込みにゴミを捨てる人が出てきたため、協議会がせせらぎをつくる再生計画を提案しました。
もともと防災まちづくりが狙いなので、再生計画の討議では緑道の中を消防自動車が通れるようにしました。
お年寄りからベンチが欲しいという話が出た時には、どこに設置するかで揉めましたが、結局、せせらぎの縁に座れるような形にして決着しました。
せせらぎをつくる計画には、水路沿いの住民から反対意見が出たので合意形成に苦労しましたが、創造的な妥協点を見出す努力をしてきました。
計画を提案してから完成までに2年以上かかりました。

せせらぎでは子供が遊びます。池では子供だけではなく、模型船の競争などをして大人も楽しんでいます。
当初は近所から「子供が遊ぶとうるさい」と心配する声もありましたが、多くの人が集うよい空間になっています。ここでは毎年「アート楽市」が開催され、100件の店が並びます。
しかし、せせらぎが出来たことで、人の流れが変わり、隣接する商店街にマイナスの影響を与えているという指摘もあります。
協議会には商店街の人も参加してくださっていましたが、会議の時間設定などの面で、商店の都合などへの配慮が足りなかったと反省しています。住民参加での会議の持ち方は、いろんな人の曜日や時間の都合を合わせにくく、悩ましい点です。
緑道の管理は、せせらぎの部分は世田谷区のシルバー人材センターを使って1日2回清掃しています。道路の部分は、町会が区と協定を結んで掃除をしているほか、地元小中学生がボランティアで掃除をしています。


狭く入り組んだ路地


太子堂では幅4m以下の2項道路が80%を占めていましたが、ずいぶん改善されました。
建替えの際に道路の中心線から2mセットバックすることになっていますが、どこが基準線かわからなくなるので、プレートを貼っています。
ヒューマンスケールの狭い路地には関東大震災後に建った木造家屋も残っています。

*  *  *

まだまだ歩きつくせていませんが、実際に見ることで、太子堂のまちが見えてきました。
まちづくり現場の中心で活躍されてきた梅津さん。これまでの葛藤や苦労について、お話を伺いましょう。

2014.12.1 文責:編集部 中木

その2 インタビュー

予約等受付中 暮らしがあるからまちなのだ! 太子堂、住民参加のまちづくり


(2014.12〜)