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2 「まちづくり」からの景観

 

「まち」の発見から

 まちを決める一つの方法として、 歴史的まちの発見があります。

 伝統的建造物群保存地区を訪れると、 これが歴史的町並みなのだと感じると思います。 しかし、 以前は看板が掛かり、 建物も老朽化したものや増改築されたものも多く、 どこでも必ずしも歴史的な町並みと思うところばかりではありませんでした。 おそらく、 住民はこんな古い町は早く更新して、 快適なまちにしたいと思っていたはずです。 それを時間をかけて修復していったのです。

 では誰が最初にまちを発見し、 その価値を見出したのでしょう。 妻籠などの異なる事例もありますが、 そのほとんどは他地域の人々の目によって発見されています。 奈良県の今井町も、 最初に調査に入ったのは関西の人ではなく、 他地域の人でした。

 現在修景が行われているほとんどのまちは、 その町並みや建築物、 まちの構造の価値が学術的に評価され、 修景対象としてのまちが決められていきました。

 

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奈良井の町並み(出典:楢川村教育委員会発行パンフレット)
 
 伝統的建造物群保存地区に選定されている奈良井のまちです。

 街道沿いの宿場町で、 太い実線が伝統的建造物群保存地区の範囲です。 街道の両側に並ぶ伝統的建造物がつくるひとまとまりのまちが見えます。 その町並みを一つ一つの建物の集合体として捉え、 その特徴を建物のルールに置き換えているのです。

 文化財保存は個々の建物の価値を評価してきましたが、 その連続体としての町並みに価値が見出されたのは伝統的建造物群保存地区制度ができてからです。


「まち」をつくることから

 
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幕張新都心(出典:『造景』NO.7より)
 
 もう一つの方法は、 何もないところに新しくまちをつくる方法です。

 全体像を構想して徐々に作っていくため、 初期段階にまちとその町並みが構想されています。 したがって、 まちや町並みは造形的、 全体を一つのカタチのようににつくられていきます。


ふつうのまちは「まち」が見えない

 普通のまちは、 歴史的なまちのようにまちのかたちがよくわかりません。 また、 新しいまちのように、 ここがまちというように決めて最終形をイメージしてつくっていくわけでもありません。

 どこまでも同じように続いている普通の市街地で町並みを考えていく際、 いかにまちを見出すかが重要になってきます。

 

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大阪(明治18年、出典:『日本図誌大系近畿2』より小浦作成)
 
 普通の市街地でまちを認識するには、 一つには、 市街地の歴史からまちを設定する方法があります。

 図は明治18年の大阪の市街地の状況です。 市街地の東端に大坂城があり、 西側は新田開発が行われています。 地図右下の大きな集落が平野郷です。 この頃はまだ大阪のまちが見えていました。 この範囲はほとんど近世大阪の広がりと同じです。 今は周辺が市街化し、 見えなくなっていますが、 近世都市の町人〓が今の船場であり、 市街化の歴史からその範囲がみえてきます。

 

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船場(作成:田中)
 
 これが船場です。 エリア内外の建物には大きな違いはないため、 歩いているだけでは、 まちが変わったとは感じられません。 様々な情報があって、 船場はこの範囲だとわかるので抽出できるのです。

 他に、 商店街や通りを中心とした生活空間、 日常の生活活動、 経済活動などのまとまりからまちを設定することもできます。 また、 自治会、 小学校区、 まちづくり協議会などの人為的なまちの区域もあります。

 そのような範囲をもとに、 空間のルールや環境のつくり方を考えることが景観形成につながるのです。


普通のまちの事例1:新長田北地区

 
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新長田北地区家並み基準適用地区(出典:久保都市計画事務所資料)
 
 新長田北地区です。 図の南側がJR新長田駅で、 ここは多くが震災で焼失しました。

 このエリアでは区画整理が行われ、 地区計画を決めています。 整備事業や地区計画を決めることからまちという概念ができることもあります。 この中には複数のまちづくり協議会があります。

 地区計画がかかっているため、 地区内での建築行為には届出が義務付けられます。 しかし、 届出は行政に対して行われるため、 せっかく住民たちがまちのことを考えて地区計画をつくっても、 住民にはその動きが分からなくなってしまいます。 そこで、 新長田北地区では、 地区計画では最低限守ることをしっかり決めて、 神戸市都市景観条例に基づく景観形成市民協定の中で町なみをつくる家づくりのルールを示し、 地区内での建築行為はまちづくり協議会の家並み委員会に届け出ることを決めています。 これが家並み基準の一つの特徴です。

 もう一つの特徴は、 「町並み」や「景観」ではなく、 「家並み」という言葉を使ったことです。 震災復興では、 個々の家が建て変わっていくのですが、 まちはあっても、 町並みは失われており見えないのです。 個々の家が建ち並ぶことによって地域の町並みができてくるのです。 したがって、 家並み基準は個々の家の建て方のルールとなっています。

 

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新長田北地区家並み基準・戸建て(出典:神戸市パンフレット)
 
 戸建住宅の家並み基準です。 普通なら建物の基準は建物の高さやセットバックの距離などを決めますが、 家並み基準では、 近隣や道との関係として表現しています。

 例えば、 「隣同士の隙間はできるだけ狭めるようにしましょう」と書かれています。 普通は隣同士の隙間は広げましょうと言う場合が多いでしょう。 しかし、 新長田北地区は敷地が狭いため、 中途半端に隣同士の間隔を広げるよりは、 隣同士の間隔は狭めて、 前庭や裏庭を広げてつなげていく方が生活環境として良いという考えに基づいています。

 また、 「道路に面しては生垣以外の塀・柵・門等を設置しないようにしましょう」や「建物は道路から後退させ、 余裕をもって建てるようにしましょう」といった道との関係を意識した項目もあります。

 家並み基準に書かれていることは、 まちはあるが町並みがみえない場合に、 いかにお互いの関係性を調整していくかという良い事例だと思います。

 

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現在の新長田北地区
 
 現在の新長田北地区です。

 右写真の真ん中の3軒は協調建て替えをしています。

 景観形成市民協定は条例に基づいているため強制力がありません。 100m×100mの街区単位のまちづくり協議会ごとに運用に特徴があり、 100%近く届出が行われているところもあれば、 ほとんど届出されていないところもあります。 届出の有無にかかわらず建物が建てられていくのですが、 町なみを意識した家づくりのルールを意識しているところでは、 その効果が現れてきます。 そのため、 徐々にではありますが変わってきているそうです。

 この地区は震災で全焼してしまったため、 どのようなものを建てれば良いか分からないという状況でした。 そこで、 毎年、 住民が良いと思う家を選び家並み賞を贈っています。 このことにより、 一つのまちのスタイルが確立されてきています。


普通のまちの事例2:野田北部地区

 
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野田北部地区
 
 野田北部地区では街なみ誘導型地区計画と街なみ環境整備事業で市街地改善を行っています。

 2項道路のため、 中心線から2mセットバックして建てていくことになりますが、 さらに50cmセットバックして緑を植えましょうというルールです。 少しずつ緑をつなげていくことにより、 町並みができていくのです。

 野田北部地区では建物よりも、 道路際の50cmの空間を緑でつないでいく方が景観に与える影響が大きい。

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