文化財保護の新政策「文化的景観」について
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C。 文化的景観の保存・活用事業について(文化的景観モデル事業)

 

 それでは、 今いくつか進められているモデル事業をご紹介しながら、 個々の具体的な問題についてお話ししたいと思います。

 実はモデル事業は平成16〜17年の2年間にわたって行っておりますが、 モデル事業に着手した平成16年は、 制度が施行される以前でしたので、 文化的景観についての様々な問題がこの中で明らかになってきています。


中標津の格子状防風林(北海道室標郡中標津町)

 
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中標津の格子状防風林(北海道室標郡中標津町)
 
 まずは北海道室標郡中標津町の景観をご紹介します。

 元々、 北海道には殖民区画という300間×300間(1間:1.8m)の区画があり、 その区画に基づいた開拓を行ってきましたが、 この防風林は幅180mで殖民区画の区画割に沿って配置されています。 また、 その中に標津川の支流が流れ込んでいまして、 支流の周辺には河畔林があります。

 防風林は、 基幹防風林と呼ばれる国の防風林、 それと支線防風林と呼ばれる北海道が持っている防風林、 それから個人が持っている耕地防風林によって構成されています。

 防風林の植生は、 真ん中の方に少し天然林の落葉広葉樹が残っており、 その周辺にトドマツとかアカエゾマツ、 カラマツなどが植えられています。 カラマツについては徐々に植生を変えていこうということで、 今林野庁の方で事業が行われています。

 この中標津地域は、 明治期の写真を見ると全部森林なんですけれども、 昭和になってから新酪農村建設事業によって急激に草地に変わってきました。

 そういった背景から現在の景観が形成されたのですが、 現在も草地開発事業の中で耕地防風林がどんどんと伐採されているという状態があります。 また河川区域ギリギリまで河畔林を切ってしまって草地を広げるという状況が生まれています。

 そこで中標津町では文化的景観の保護制度を使って、 集約的農業だけではなくて、 もう少し多角的な農業経営・地域経営をしていくために、 防風林や河畔林を活用したいと考えています。

 たとえば、 基幹防風林をホーストレッキングに利用する、 それにあわせて耕地防風林が残っているところでは農村観光をやっていく、 といったことを考えているわけです。

 その基盤として、 この地域全体を文化的景観にできないかと今検討しています。

 ここで面白いのは、 この辺りの農家の方々は、 一戸50haぐらいの農地を持っているのですが、 最初は文化的景観にすると文化財の規制がかかって、 何もできなくなるのではないかという不安があり、 渋っておられました。

 しかし、 景観協定などを利用して、 自主的にルールづくりを行うことが文化的景観の規制手法ですので、 たとえば、 「ここでは耕地防風林を切らないで活用しましょうよ」というルールを地域で作って、 保護した防風林をうまく使って地域経営を行う手段にすればよいのだということが、 だんだんにご理解いただけるようになってきました。

 そうすると逆に農家の方々は、 例えばここだけを選定の対象にするのでは不十分ではないかというわけです。 というのも、 実は隣も、 その隣も全部同じ景観ですから、 もっと全体を文化的景観として考えた方がいいのではないか、 といった議論が広まるようになりました。


大谷石(採石場)の景観(栃木県宇都宮市)

 
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大谷石(採石場)の景観(栃木県宇都宮市)
 
 次に栃木県宇都宮市の大谷石の景観をご紹介したいと思います。

 大谷石はフランク・ロイド・ライトが帝国ホテルを造ったときに、 この緑色凝灰岩を使ったことで有名になりました。 現在は建築資材としてはほとんど需要がなくなっていますが、 その一方で、 市内に点在する大谷石の建造物はレストランなどに活用され、 若い人たちの間でちょっとした流行になっています。 大谷地区をこれからどのように活性化していったら良いかが課題となる中で、 文化的景観をうまく活用できないか、 模索しているところです。


大山の千枚田(千葉県鴨川市)

 
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大山の千枚田(千葉県鴨川市)
 
 次にご紹介する千葉県鴨川市の大山の千枚田は、 棚田百選にも選ばれる豊かな農村地帯です。 他のモデル事業と比較しても、 棚田が保護対象として一定の認知を得ていることもあるでしょうが、 保護に対する問題が少ない事例です。

 また、 都市近郊の棚田ということで、 すでに棚田オーナー制度を活用した運営が可能となっています。

 ただ、 棚田の部分は県の名勝に指定されているのですが、 周辺の里山や集落は保護対象とはなっていませんので、 文化的景観を使ってこれらの要素に保護をかけていければ、 と考えているところです。


安土・八幡の水郷景観(滋賀県近江八幡市)

 
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安土・八幡の水郷景観(滋賀県近江八幡市)
 
 次は滋賀県近江八幡市にある安土・八幡の水郷景観です。

 近江八幡の周辺には西の湖という内湖があります。 「内湖」というのは琵琶湖が内陸の中にぽこっと入ったものですが、 明治期以降この辺りは干拓されて、 現在では県内の大きな内湖は西の湖だけになってしまいました。 その変化の様子は、 土地利用の変遷を明治期からずっとたどっていくと、 かなり明らかになります。 大中の湖や津田内湖と呼ばれていた内湖もことごとく干拓されて、 現在は西の湖だけが残されています。

 近江八幡市は、 文化的景観の保護制度を活用し、 葦原や農地を保護できないかと検討しています。

 また、 葦産業は戦前は沢山あったのですが、 今は中国産に押されて高級な簾を作るといった形でしか残されていません。 地元では、 文化的景観の保護を契機に、 なんらかの形で産業の活性化を図っていきたいと考えているようです。

 ただ、 このモデル事業で課題として感じるのは、 景観計画区域は景観行政団体となる市町村の中で区域の輪郭を与えられるものなのですが、 内湖の事例は、 それが琵琶湖に繋がる大きな景観のごく一部の要素とも捉えることができるという点です。

 今は、 例えば琵琶湖全体を文化的景観にするという場合、 個々の市町村全部が手を挙げて景観行政団体になるか、 県がやるか、 どちらかしかありません。 今後はおそらく、 こういった広域に渡る景観要素に対する保護については、 都道府県でも真剣に考えていかなくてはならないだろうと思いますが、 その段階には至っていないというのが現状です。


北山杉の林業景観(京都府京都市)

 
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北山杉の林業景観(京都府京都市)
 
 次は北山杉の林業景観です。 これもモデル事業としては難しい事例です。

 というのは、 たとえば棚田なら、 NPOなどによる参加型の管理を運営体制にうまく組み込むことができます。 また、 中標津の場合には農業経営の状態が比較的良好なので、 保護意識も高くなります。

 ところがこの北山杉の場合には、 需要が少なくなっており、 その一方で、 林業技術が特殊であることもあって、 参加型の管理を適用する対象にはなりにくいという現状があります。

 したがって、 文化的景観として北山杉の林業を保護する際には、 どのように活用する可能性があるのか、 について同時に明らかにしていく必要があると考えられます。


稲美のため池群(兵庫県加古郡稲美町)

 
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稲美のため池群
 
 
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同上
 
 次にご紹介する兵庫県加古郡稲美町のため池群は、 播州平野の水の少ない所で、 もともと農地を作るためにいくつかのため池があった所に、 明治期に淡山疎水が出来ることによって土木的にきちんとした水路を造って出来上がってきた景観と、 それらの土木遺構によって構成されている景観です。

 上の右の写真は、 ちょっと、 インカの遺跡のように見える土木構造物ですね。 これは分水場からため池に水を分けているのです。

 また下の写真のように、 地域の中には小さな水道橋も残されていますし、 ため池の中には明治期に作られたサイフォンの跡も残っています。 これはおそらくここの土地改良区の方々が、 大正期のものをつぶさずに残してきた物ですから、 きちんとした保護の対象にしていく必要があると思います。

 ここで面白いのは土地改良区が保護に対して積極的であるということです。

 もともとこれらのため池では、 「ため池ミュージアム」の事業を行っていました。 ビオトープネットワークのような発想で、 環境の側面からため池や水路を保存活用しようとする事業です。


宇和島の段々畑(愛媛県宇和島市)

 
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宇和島の段々畑(愛媛県宇和島市)
 
 次は愛媛県宇和島市の宇和海に面する段々畑です。 今は一部しか残っていませんが、 かつては宇和海の周り全部が段々畑だったのだそうです。

 これを近くで見ると、 幅1mくらいの段々畑が、 砕石によって積み上げられています。 今はハシゴがかけられていますが、 かつては急な水路を歩いて登っておられたそうです。

 宇和島の棚田は元々漁師さんが自家用の食べ物を作り始めたのが最初らしいのですが、 現在ではジャガイモの栽培に良いということで、 ジャガイモを作っています。 販売ルートに乗っているようです。

 

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同上
 
 また、 ここでは一部いわゆる段々畑オーナー制度のようなことをやっています。 ただこれだけ石積みが細かいと管理が難しく、 一般の農家の方が管理している所はやはり階段もきちっとしてますし、 雑草の管理もきちっとしているのですが、 オーナー制度で管理している所は階段などが無くてとても上がりにくかったりします。 段々畑のオーナー制度については、 管理手法に検討課題があるようです。

 段々畑の一部には柑橘類が茂っている所があります。 これは一度ミカン畑にした後、 そのミカン栽培が衰退して放棄された部分です。 ある意味では自然に戻ろうとしている景観ではあるのですが、 こういうものについても、 活用の方法はないかということも含めて、 調査の対象に入れています。


柳川の堀割景観(福岡県柳川市)

 
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柳川の堀割景観(福岡県柳川市)
 
 
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同上
 
 次に福岡県柳川市の文化的景観です。 柳川の文化的景観については皆さんもよくご存じだと思いますが、 かつてのお城の堀を使った水路景観が有名で、 その中を船に乗ってずっと行くという観光が今でも盛んです。

 ただその水路の管理は、 河川である場合と農業用水路である場合と、 それから市が管理している場合とのだいたい三つに分かれるのですが、 一番問題になっているのは実は農業用の水路なのです。

 柳川の地図をみるとよくわかりますが、 こういったクリークは農地の間に網の目のように残っているので、 農業の近代化とクリークの保護を、 どのように図っていくのかが課題です。


蕨野の棚田(佐賀県唐津市)

 最後にご紹介するのは佐賀県唐津市の蕨野の棚田です。 私はここに行ったことがないのですが、 ここも高さ8mくらいの石積みの棚田が続いている地域です。

 すごい棚田景観を抱えているのですが、 地元では、 できれば石積みをコンクリートに換えたいという意見もあるようです。

 こちらは地域資源だと思っているのですが、 地元にとっては維持管理が大変で、 地域資源どころではない、 という場合もあるので、 その辺りの調整が本当に難しいところです。

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