橋本征子 建検ガクガク

#5 学び舎 明日館

野村雅夫 フィルム探偵捜査手帳

そしてまたひとりになった ~ジェームズ・ブラウン 最高の魂を持つ男~

寒竹泉美の月めくり本2015

五月本「BROOKLYN MAKERS ブルックリンに住む職人・クリエイターたちの手仕事と暮らし」

Jennifer Causey 著

インタビュー 菊谷なつき さん

(聞き手/牧尾晴喜)

本酒の文化や歴史を伝える「日本酒のソムリエ」として、世界を舞台に活躍している、菊谷なつきさん。彼女に、海外で日本酒の魅力を伝えていくという仕事の内容や、その面白さについてお話をうかがった。

-------菊谷さんは、文化や歴史も含めた日本酒の魅力を、イギリスをはじめとする海外に発信されています。いわゆる「橋渡し」のお仕事で、橋の両側、つまり日本と海外での日本酒に対するイメージってかなり異なると思うんですが、いかがですか?
菊谷:日本にある日本酒とイギリスにある日本酒が全然違うかっていうと、全く違うわけではないですし、軸はそんなに変わらないです。ただ、「前提条件」がそもそも違うっていうところが非常に大きいです。日本人にとってみたら、日本酒というのは、醤油や味噌と同じように、日々近くにあるものですよね。ところが、ヨーロッパや欧米では、全くわけの分からないものというか、少なくとも、身近なものではないんです。彼らにとってワインやビール、蒸留酒といったものはカテゴリーとして確立されていますが、全く新しいものとしての日本酒を、ゼロから、たまにはマイナスからスタートして解説していく必要があります。「マイナス」というのは、たとえば、アルコール度数がすごく高い飲み物だとか、二日酔いする飲み物だとか、熱燗でしか飲めないだとか、そういった間違ったイメージを持たれていることもあるんです。だから、私たち日本人でも忘れがちですが、そもそも麹ってなんだっけとか、日本酒ってなんだっけっていうところをきちんと語る必要があります。また、「ヨソの文化」っていう形で終わってしまわないよう、現地の食文化を理解したうえで日本酒を伝えていかないといけません。

-------日本酒の初のオンライン季刊誌『MUSEUM OF SAKE』を立ち上げられました。目的や、特に工夫された点は?
菊谷:歴史と未来、その両方を表すような雑誌にできればと考えています。日本酒についての豆知識やエピソードから、ニューヨークやロンドンの酒バーで日本酒がどういう風に飲まれていったかっていうような話まで、いろいろと紹介したいです。2500年ぐらいあるって言われている日本酒の歴史、そのすごい長い歴史の厚みだったり、歴史の流れの中で進化・発展してきた日本酒っていうものを、きちんと何かしらの形で海外に発信したいです。また、日本酒が日々進化してグローバル化されていく、世界の様々な国で受け入れられて新たな文化をつくっていく、といった日本酒の未来のような部分も描けるものがあるといいなと。 それと、元々『MUSEUM OF SAKE』のサービスを立ち上げたときのテーマのひとつが「Taste the Art of Rice and Water」なんです。お米と水からつくられた技術やアートを味わう、日本酒ってそういうものなんだろうなと感じます。ここでの「アート」っていう言葉の中には、地域・文化・歴史といったものが詰まっています。そういうものは、知識やウンチクだけでなく、やっぱり感覚を通して得られるものだと思うんです。たとえば、実際に酒造りを行なっている酒蔵を訪ねると、日本酒の世界観がぎゅっと迫ってくるんですよ。朝一番の寒いとき、特に東北なんかだと雪が積もっているなかで、お米が蒸し上がって煙がもくもくと出ていて、ご飯が炊けるいい匂いがして、蔵人さんがてきぱきとお米を運んでいて……っていう、蔵の中に流れる息づかい。そして、毎日、蔵人さんが神棚にお祈りをしてから酒造りの仕事を始める神聖な雰囲気。雑誌やウェブ上ではなかなか難しいですが、そういう世界のことをなるべく知っていただきたいという点で工夫をしています。私自身、実家が酒造りをしていたというきっかけはありますが、日本酒に惚れ込んだひとつの理由は、やはり日本酒の蔵の雰囲気だったり世界観だったので。

-------オンライン季刊誌『MUSEUM OF SAKE』は日本語と英語のバイリンガルですね。日本酒というテーマが非常に日本的なものだけに、意識されたことなどはありましたか?
菊谷:日本酒について日本語で語るだけでなく、英語という「他の言語」を通すことで、客観的・第三者的に見ることができるようになったりします。だから、日本酒ってなんだろうっていうことについて、英語でいろんな側面から語ることで、私たち自身も、日本酒の文化っていうものを再解釈することができるんじゃないでしょうか。

-------この仕事をしていてよかった、と感じる瞬間はどういうときですか?
菊谷:日本酒の世界って、日本でも海外でも全く同じで、情熱で動いていると感じます。もちろん、ビジネス的な要素や堅い部分もありますが、携わっている人たちが根本的な部分で日本酒を大好きで、それがバトンとして受け継がれていくような。ロンドンのレストランでは、「酒ソムリエ」として、いかに日本酒文化というものを根づかせるかということが重要だったんです。でも、私ひとりが「日本酒」と連呼していても、誰も聞いてもくれないんですよね。他のスタッフが「僕もこのお酒が好きだよ」だとか、マネージャーが「このお酒とこの食べ物がとても良く合うね」と言ってくれたり、お客さんが「君が進めてくれたお酒が本当においしかったよ」って言ってくださったり……。私が酒ソムリエですが、そういうふうに皆のつながりで日本酒が広がっていくことで、お店のスタッフ全員が日本酒を売ってくれるっていう状況をつくってくれて、1年で2倍にも3倍にも売り上げが伸びることができたんです。そのバトンを繋いでいる瞬間というのは、自分の中でも、ものすごくやりがいがあります。こういう、何かに取りつかれるとか感動するとか、恋に落ちるみたいな感覚は嬉しいですし、世界各国どこも共通なのかなと。

-------どんな子どもでしたか?
菊谷:子どもの頃は食いしん坊でした。「でした」っていう過去形じゃなくて、まあ、今もそうなんですけど(笑)。 うちの母方のおばあちゃんが、すごい食いしん坊なんですよ。私は秋田で生まれ育ったわけじゃなくて、おばあちゃんおじいちゃんに会いに秋田に行くっていう感じだったんですが、毎回、訪問の一週間前、下手したら一ヶ月前ぐらいから電話で「秋田に来たらお昼は何食べる?夜ご飯は?次の朝は?」って、すごく楽しみに計画して待ってくれていて。食べ物で人を喜ばせるっていうのがすごく好きなおばあちゃんで、そういう意味では、私も小さい頃から食べ物を通して喜びを感じるというのがすごく好きでした。いまやっている、お酒の世界の仕事に通じているのかなとも思います。あと、好奇心が非常に強い子どもでした。外の世界ってどうなってるんだろう、自分の国、日本という国の外ではどんなことが起こってるんだろう、っていうことに常に興味がありました。英語を勉強して世界に旅に出たいとか、海外に行って勉強したいとか、外へ外へっていう想いは昔から強かったような気がしますね。

-------今後の目標を教えていただけますか。
菊谷:ひとつは大きめの夢なんですが、日本酒の世界観や分化・歴史が全部つまったような場所・空間をつくれたらいいですね。日本酒の美術館っていうものにはならないと思うんですが、酒バーなのか酒ショップなのか、何か、空間として酒のコミュニティセンターになるような場所があるといいな、と。もともと、いまの『MUSEUM OF SAKE』を立ち上げた背景には、そういう場所をつくりたいという想いがあります。 もうひとつは、これからも進化し続ける日本酒について、世界というフィールドでお手伝いしていきたいです。最近は日本酒に興味を持って製造したいっていう話も結構あって、イギリスでも今年2つの酒蔵が開くんです。そうやって、イギリスでできた日本酒を好きになってもらって、それから日本のお酒を飲んでもらうっていう流れもつくれるでしょうし、いろいろなサポートをしていきたいです。

ジャパニーズ・ウイスキーバーでの日本酒セミナー

毎年開催されるロンドンのカクテルの祭典「London Cocktail Week」の一貫で、バーテンダー向けに日本酒講座
 

在英国日本大使館での日本酒レセプション

天皇誕生日式典にて、被災地の日本酒ブースにてサケソムリエを担当

サケカクテルコンペティションイベント

英国最大規模のJ-POPカルチャーイベント「ハイパージャパン」にて、日本酒を使ったサケ・カクテルコンペティションの審査

飲食店従業員向け日本酒トレーニング

日本酒販売をしている飲食店のソムリエや従業員の方々に向けて、販売向上のための日本酒の教育研修

セレブシェフとの日本酒コラボディナー(1)

英国TVシェフのMark Hix氏と、和食店を4店舗経営するRoss Shonhan氏と共に1日限定の日本酒ディナーを開催

セレブシェフとの日本酒コラボディナー(2)

ロンドンオリンピック会期中のNバー

ロンドンオリンピック会期中に一ヶ月限定でオープンした、中田英寿さんプロデュースの日本酒バーのサポート

日本酒と酒器ワークショップ

酒器によって異なる日本酒の印象や味わいを体験して頂くイベントを富山県の錫メーカー能作さん、長野の宮坂醸造さんと開催
 

菊谷なつき
日本酒ソムリエ

1982年、千葉県生まれ。
母方は秋田の酒蔵、父方は富山のお寺という家庭に生まれる。
大学卒業後、人事経営のコンサルティング会社で勤務後、2009年から日本酒の世界へ。東京の有名酒屋にて半年間修行した後、英国・ロンドンのZUMAにて日本酒のソムリエを経て、姉妹店のROKA二店舗のヘッド日本酒ソムリエを3年半務める。
2011年の「日本酒貢献者賞」(酒サムライとインターナショナル・ワイン・チャレンジ)などの受賞歴あり。
日本酒のPRや教育を中心とした事業『Museum of Sake』を、ロンドンをベースに展開している。

 

#5 学び舎 明日館

要文化財である自由学園明日館を訪ねました。フランク・ロイド・ライト氏の設計として有名ですね 。
自由学園とは、大正10年に羽仁もと子と吉一夫妻が、知識のつめ込みではない新しい教育を実現するため、創立した学校になります。
夫妻から設計の相談をもちかけられた遠藤新氏が、帝国ホテル設計で来日していたライト氏を引き合わせたのが縁でした。 夫妻の目指す教育理念に共鳴した氏は、「簡素な外形のなかにすぐれた思いを充たしめたい」という夫妻の願い を基調とし、設計に携わったそうです。
空間を連続させて一体構造とする設計は、枠組壁式構法(2×4構法)の先駆けとも言われています。木造で漆喰塗の建物は、中央棟から左右に東教室棟、西教室棟が伸び、高さを抑えた、地を這うような佇まいを特徴としています。プレイリースタイル(草原様式)と呼ばれるそれは、氏の出身地・ウィスコンシンの大草原から着想を得たものとのことで、池袋の界隈に開放的な空間を演出しています。
ホールの大きな窓は、明日館の顔ともいえる部分です。氏は限られた工費のなかで、いかに空間を充実させるかということに尽力しました。それはこの窓一つにも明確に表れています。ライトは建物全体の意匠を幾何学模様にまとめ、ホールの窓には高価なステンドグラスを使用する代わりに、木製の窓枠や桟を幾何学的に配して工費を低く抑え、かつユニークな空間構成を実現したのです。
私が広報を務める学校の式典では、こちらの自由学園の講堂をお借りしています。現在講堂は耐震補強工事のための改修工事中ということで、今年度は明日館にて行われました。この機会にじっくりと見学することが出来たのです。式中、新入生を迎えながら考えていました。学ぶことは、新しい世界への探求と、思いを具現化できるようにするにはどうしたら良いか考え、また工夫すること。 氏と夫妻の間にある物語に、改めて素敵な場所で式典ができたことを嬉しく思いました。


明日館外観。池袋の界隈に開放的な空間を演出。



陽が射すホールの窓。普段は喫茶が出来るスペースとして活用されています。
建物との調和を考えた、六角形の背もたれの椅子も。


ホール上のタリアセン2。欲しい…

橋本征子(はしもと せいこ)
スペースデザインカレッジ広報。
おしゃべりだいすき。CO2の排出量で光合成のお手伝いをしている。
と、思っている。

そしてまたひとりになった ~ジェームズ・ブラウン 最高の魂を持つ男~

ぁ、私だ。あれは井筒和幸監督の『ゲロッパ』(2003年)だったか。「JBは幼少期、綿花畑で働いてたんやで」みたいなセリフがあった気がする。苦労人だということくらいは知っていたが、綿花のプランテーションって奴隷制度の世界じゃないか。こちらの薄っぺらな教科書的知識とソウル界のゴッドファーザーが私の中でつながった。その3年後にはJBも亡くなり、干支を一周りして、ここにファンキー大統領(JBは最も異名の多いミュージシャンだったかもしれない)の伝記映画が誕生した。監督は『ヘルプ ~心がつなぐストーリー~』(2012年)で公民権運動を背景にしながら黒人と白人の心温まる交流を描いて評価されたテイト・テイラー。肝心のJBを演じるのは、『42 $「界を変えた男=x(2013年)で黒人初の大リーガーになりきったチャドウィック・ボーズマン。そして、プロデュースはなんとローリング・ストーンズのミック・ジャガー。この上ない布陣だ。
莠  伝記映画ではあるが、物語は時系列に沿って進むわけではない。生まれたのは1933年なのだが、いきなり1989年から始まる。自分専用のトイレを誰かに使われたと激高したJBがショットガンを持って登場するというぶっ飛んだ場面だ。そこから、森の中のあばら屋で仲の悪い激情型の両親に育てられた様子や、ベトナム戦争中に慰問公演をしに行くために乗っていた飛行機が敵からの攻撃にさらされるという迫力のシーン、イギリスからやってきたホットなローリング・ストーンズにトリを奪われたライブ・イベントの顛末など、珍エピソードに満ち満ちているJBの人生のハイライトを練れた構成で映画的に編み上げていく。伝えられている驚愕の出来事の数々が2時間そこらで網羅されるわけではもちろんないし、あれがないこれがないと不満を述べるマニアもいるだろうが、ファンクというジャンルの創始者がどんな人物とどう交わってきたのか、その関係性や距離感は十分に整理されているだろうし、意表をつく編集と時代をワンショットでまたいでしまう撮影など映画としての趣向が凝らされているので、全体を通して緊張感が維持されており質が高い。
 印象に残る空間は、やはりそれぞれのステージだ。彼に影響を受けていない音楽などあるのだろうかというくらいに、シャウトにリズムにダンスにと、まったく落ち着きのないJBをボーズマンが見事に体現している。天才にありがちなことだが、孤独が折にふれ人生を蝕む。どう見ても常識人でないJBならなおさらだ。ある大きな公演が終わった直後、JBはかけがえのない相棒ボビー・バードと袂を分かつのだが、その演出が見事だった。ビッグバンドを従えて、満員の観客を沸かせるという過密さから一転、JBとバードだけの「疎」な画面構成になる。カメラはぐっと二人に寄り、達成感に溢れた表情がふとした拍子に急変するのを見せ、ここぞというタイミングで一気に客席最後方からの引きの画で天才の孤独を強調するのだ。
 このように、映像的にも物語的にもうまい仕掛けで楽しませるテイラー版のJB。彼がひとりになるタイミングの演出に着目するとさらに面白くなる。


(c)Universal Pictures


『ジェームズ・ブラウン 最高の魂を持つ男』
原題:Get On Up

5月30日(土)全国ロードショー

監督:テイト・テイラー
製作:ブライアン・グレイザー、ミック・ジャガー
脚本:ジェズ・バターワース、ジョン=ヘンリー・バターワース
出演:チャドウィック・ボーズマン、ネルサン・エリス、ダン・エイクロイド、ヴィオラ・デイヴィス、オクタヴィア・スペンサー
2014年/アメリカ=イギリス/139分/ビスタ/カラー
字幕翻訳:石田泰子
配給:シンカ、パルコ





野村雅夫(のむら まさお)
ラジオDJ/翻訳家
ラジオやテレビでの音楽番組を担当する他、イタリアの文化的お宝紹介グループ「京都ドーナッツクラブ」代表を務め、小説や映画字幕の翻訳なども手がける。
FM802 (Ciao! MUSICA / Fri. 12:00-18:00)
InterFM (Alternative Nation / Sat. 17:00-20:00) 
InterFM (CINEMA Dolce Vita / Sat. 11:00-11:30)
ytv (音力-ONCHIKA- / Wed. Midnight)

五月本「BROOKLYN MAKERS ブルックリンに住む職人・クリエイターたちの手仕事と暮らし」 Jennifer Causey 著

、ブルックリンが注目されているらしい。何、それ、どこ? という人(わたしもその一人だった)も、ご心配無用。この本の写真を眺めるだけで、ブルックリンがどんな場所か分かるはず(もちろん、文章を読めばもっと分かる!)。

ここに出てくるのは、光沢のあるスタイリッシュな写真じゃない。かといって白地にぽつんと置かれたシンプルな写真でも、自然を賛美し健康志向のロハス系の写真でもない。暖色系のマットな写真ばかりで、どれも、やわらかな光がいっぱいに降り注ぎ、カラフルで、愛情いっぱいで、飾り気がなく自然体。だけど都会的で洗練されている。これが、ニューヨーク市のマンハッタンと川を挟んで向かい側にあるブルックリンという街らしい。

この本に集められた30人は、すべて「手仕事」のクリエイターという共通項がある。ティーブレンダ―、アクセサリー作家、調香師、かばんデザイナー、醸造家(ウイスキー)、アイス職人、フローラルデザイナー、焼き菓子職人…と、ジャンルはバラバラだけど、どの人もみんな、0からアイデアを考えだし、自分の手で生みだすことで、唯一無二のものを作っている。感性を働かせて今までにない自分らしいものを考えだし、それを自らの手で形にし、それをひとつひとつ自分で生産し、世の中に提案し、手渡すように相手に届ける。それが著者の考える手仕事なのだと思った。

彼らはみんな幸せそうだ。
彼らはみんなブルックリンを愛し、自分の仕事を愛し、毎日を愛している。一から自分で選び、作りあげた生活を営んでいるから、誰かに押しつけられたルールに従わなくてもいいし、誰かの顔色をうかがう必要もない。それがどれだけ幸せなことなのかはこの本を読めば伝わってくる。
わたしにとってのブルックリンはどこだろう。そんなことを考えた一冊でした。


「BROOKLYN MAKERS ブルックリンに住む職人・クリエイターたちの手仕事と暮らし」
Jennifer Causey・著/瀧下哉代・訳
1600円+税
出版社: エクスナレッジ (2015/3/30)

寒竹泉美(かんちくいずみ) HP
小説家
京都在住。小説の面白さを広めたいというコンセプトのもと、さまざまな活動を展開している。