実測術
まえがき フィールド調査への誘い
大学で長年、建築を教えていて、教室やゼミ室でどんなに頑張るよりも、実際のフィールド調査に学生たちと出掛け、ある期間、建築や都市空間のハードな調査を一緒に行う方がずっと効果があがる、ということを近年ますます感じている。
建築を学ぶには、心と頭と身体のどれもが必要だ。それには、実際の建物に触り、空間を感じ、そこに暮す人たちと交流するという、まさにトータルな経験ができるフィールド調査が威力を発揮するのは当然だろう。建築へのセンスを磨く。建築が真に好きになるきっかけをつかむ。歴史をもった家や環境への関心を膨らませる。人に優しくなれる等々。
人々によって生きられた環境の中に体ごと飛び込んで行う、こうしたフィールド調査から得られるものは、実に大きく、また深い。
私が教鞭をとる法政大学の建築学科には幸い、こうしたフィールド調査に熱っぽく取り組むというよき伝統がある。まずは、一九六〇年代後半から七〇年代初めにかけて、宮脇ゼミのデザインサーベイの活動が繰り広げられた。若くて格好いい建築家、宮脇檀さんが、自ら先頭に立って学生を引っ張り、日本の伝統的な美しい造形や空間構成を見せる集落や町並みを次々に実測し、見事に図面化して、その魅力を解いて見せた。建築雑誌に続々と発表されるその新鮮な調査成果は、建築を志す若い世代に大きな影響を与えたのである。
私といえば、自分の学んだ大学にはそうした動きがなかっただけに、宮脇ゼミの活動に一種の憧憬を抱いていた。その後、イタリアに留学し、建築の分野に「都市を読む」方法とその面白さを持ち込もうと、自分なりの道を歩んできたが、不思議な縁で、帰国後すぐに、この法政大学で教えることになった。すでに宮脇氏は法政を退き、そのゼミが解散して久しい頃であった。そんな中、私は東京というまったく違った対象を選び、異なる発想でフィールド調査を開始した。「法政大学東京のまち研究会」と銘打って。以来、試行錯誤を繰り返し、東京に色々な角度からチャレンジし、そしてまた海外へとフィールド調査の対象を広げてきた。
宮脇ゼミと陣内ゼミ。活動の時期が異なり、それだけ日本の建築や都市が置かれている状況の違いも大きい。従って、熱き思いをもって選ぶ調査の対象も、それを料理する方法も違っている。でも、その根底に流れている思想や情熱には、共通するものが多い。
本書は、図らずも同じ大学を舞台に活動したこの二つのゼミの仕事を紹介しながら、フィールド調査の面白さ、その意味を、建築を学ぶ若い世代にメッセージとして伝えたい、という思いから生まれた。とりわけ、宮脇ゼミの残した膨大な仕事は、個々のサーベイについては当時の雑誌に発表されたものの、その全体像を記録する機会が今までなかっただけに、パイオニアとしてデザインサーベイを担った人たちに、過去を振り返って、宮脇流の迫力あるフィールド調査の実像を再現し、意味づけていただいた。これからフィールド調査を始める人たちにとって、価値ある道標となるに違いない。
一方、遅れてスタートした陣内ゼミでは、より現代的な視点に立って、フィールド調査に取り組んでおり、その背後にある発想、問題意識を世界の様々な具体例を通して読者にお伝えできればと考えた。といっても、本書は、その全体像や研究成果を紹介するものではない。「ケーススタディ@海外編 陣内ゼミ」では、私の研究室で学び、海外のフィールド調査に参加した人たちに、どんな思いで現地に入り込み、何を感じながら、いかに調査したか、そして何を学び取ったかを、個人的な体験を通じて自由に執筆してもらった。
この本と出会った多くの方々が、フィールド調査という豊かな世界に飛び込んでいかれることを、心から期待したい。
陣内秀信
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