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コミュニティに興味を持った理由はいくつかあるが、そのひとつは確実に阪神・淡路大震災の経験だ。当時学生だった僕は、震災直後に現地へ入り、神戸市の黄色い腕章を巻いて現地を踏査した。全壊、半壊、部分壊を判断し、白地図に色を塗るのが役目だ。僕が担当したのは住吉区。細かい判断は必要ない。ほとんど赤鉛筆しか使わなかった。見渡す限り全壊なのである。地図上に存在する道路が判別できず、暗澹たる気持ちで川沿いを歩いていると、そこに被災者たちが集まっていた。みんなが協力して食事を作っていた。こどもを亡くした夫婦が親を亡くした家族を励ましていた。このときほど人と人とのつながりに気持ちを救われたことはない。瓦礫と化した神戸のまちに人のつながりが残っていて、そこから生活再建の芽が育っているような気がした。コミュニティの力強さを感じた。
本書の原稿を書き終わる頃、東北地方を巨大な地震が襲った。いろんなことを思い起こして原稿を書く手が止まった。原稿執筆よりもやるべきことがあるのではないかと悩んだ。しかし同時にコミュニティの力を信じた頃の自分を思い出した。こんなときだからこそ、コミュニティデザインに関する原稿を書き上げるべきだと自分に言い聞かせた。
被災地の道路や住宅はいずれ復旧するだろう。同じ場所にまちをつくるべきかどうかは検討の余地があるものの、ハード整備はそれなりに進むだろう。同時に考えておくべきなのは人のつながりだ。阪神・淡路大震災では、避難者数に対して仮設住宅の数が圧倒的に少なかった。だから高齢者や障がい者が優先的に入居した。人道的な判断だったといえよう。しかし、高齢者や障がい者は周辺に住む家族たちとつながっていたのである。夕食のおすそ分けや縁側での世間話などによって生活が支えられていたのだ。こうしたつながりが断ち切られ、高齢者や障がい者だけが集まった仮設住宅で、震災後3年の間に200件以上の孤独死が発生してしまった。
非常時には人のつながりが大切になる。言うまでもなく、それは平常時から手入れしておくべきものだ。災害が起きた後、仮設住宅を建てるように効率よく人のつながりを構築することはできない。日々のコミュニティ活動が大切なのだ。だからこそ、いまコミュニティデザインに関する書籍を世に問うべきだろう。そう考えて原稿を最後まで書き上げた。
そんな気持ちを感じ取っていたのか、編集者の井口夏実さんはいつになく原稿催促が穏やかだった。井口さんとは、僕が初めて書籍に文字を載せたときからの付き合いだからもうすぐ10年になる。初めての単著を彼女とつくることができたのはとても嬉しい。また、この本づくりを強力に後押ししてくれた学芸出版社にも感謝している。
データや図版の整理ではstudio-Lのメンバーに手数をかけた。特に、醍醐孝典と西上ありさには各プロジェクトのデータを整理してもらい、神庭慎次、井上博晶、岡本久美子には図版を整理してもらった。記して感謝したい。
東北の復興にコミュニティデザインが必要なのは言うに及ばず、無縁社会化する全国の地域にも人のつながりが求められている。非常時のためだけでなく、日常の生活を楽しく充実したものにするために。信頼できる仲間を手に入れるために。夢中になれるプロジェクトを見付けるために。そして、充実した人生を送るために。
本書がそれぞれの地域に新たなつながりを生み出すきっかけとなるとすれば、著者としてこれほど嬉しいことはない。
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