3.11以後の建築
社会と建築家の新しい関係


五十嵐太郎・山崎亮 編著



装丁 金子英夫/テンテツキ

A5判・240頁・定価 本体2200円+税
ISBN978-4-7615-2580-4
2014-11-15

■■内容紹介■■
3.11以後、建築家の役割はどう変わったのか? 岐路に立ち、社会との接点を模索する建築家25人の実践を、旧来の作品・作家主義を脱する試みとして取り上げた。彼らはターニングポイントで何に挑んだのか。復興、エネルギー、使い手との協働、地域資源等をキーワードに写真と書き下ろしエッセイで新しい建築家像を照らす。






 金沢21世紀美術館で開催されている「3.11以後の建築」展とそのカタログ(以下「3.11以後の建築」とする)の開催刊行記念イベントが昨年12月21日に青山ブックセンター本店で行われた。金沢21世紀美術館キュレーターの鷲田めるろ氏、展覧会ゲストキュレーターの五十嵐太郎氏、展覧会出展者である芳賀沼整氏、そして建築家の浅子佳英氏を迎えて議論が交わされた。



 「3.11以後の建築」はそのタイトルから察せられるように、東日本大震災を一つの区切として見えてきた建築の新しい動向を提示している。建築単体を視野として設計に取り組むだけでなく、建築以前の意思決定のプロセスに分け入ってワークショップを積み重ね、コミュニケーションの中から使用者とともにあるべき建築の姿を探りつつ、より広く建築家のなし得ることの領域を押し広げていく建築家の活動の動向がさまざまな事例によって示されている。
 おそらく多くの読者にとってこうした建築家の試み自体は既に耳新しいものではなくなっているだろうし、その意義、その必然性も認識されているだろう。「3.11以後の建築」は、そうして生まれた建築そのものに焦点を当てるというよりも、設計のプロセスとそこで開かれた視野に注目して展示を組み立てることで、こうした試みが単なる単発の事例ではなく、既に同時多発的な実践となっている状況を示そうとしている。
 そうした趨勢の起点をとりわけ東日本大震災に見る必然性が議論に登ったが、キュレーター側としては必ずしもそれほど限定的なものではないとの認識が示された。例えば阪神大震災を起点として見ることもあり得ることだということだ。とすればよりおおづかみに捉えればバブル崩壊以降という見立ても成り立つに違いない。今言われるような意味でのワークショップが行われた先行事例としてよく知られる長谷川逸子氏の新潟パフォーミング・アーツ・センター(1998年)を考えてみても、かなり緩やかな変化の曲率の線上において、東日本大震災復興における建築家のさまざまな取り組みに着目して展覧会は構成された、と受け取れば良いのだろう。
 逆に東日本大震災をとりわけ意識するならば、なぜここに原発と放射能の問題が見えてこないのかという指摘もあった。建築において直接解決する糸口が見えづらい問題であり展覧会で取り上げ得るほどの事例に乏しいという率直な現実もある一方で、環境問題への対応などから脱原発を意識し指向する事例も展示に含まれてもいた。だがそれでもなおそのような印象が残る理由は、実際に日本の社会が原発について態度を収斂させることのないままになし崩し的に再稼働に向かっている現実の反映なのだろう。

 ところでこうしたワークショップ型の民主的な意思決定をともなう建築設計は、建築家が建築のカタチを定める単一の主体であるような建築設計に対して提起されているものだ。いわゆる「建築家」という存在にどことなくつきまとうしっくりこない据わりの悪さを前提として、それとは違うあり方が模索され、その実践の中から新しい建築家の姿が見えてきている、つまるところはそういう意図だろう。だとすれば、ここで意識しておくべきことはこのような据わりの悪さ、拠り所のなさは歴史的なものであるということだ。なにしろ建築家という職能が明治以降欧米から導入されて以来、このような据わりの悪さは常につきまとってきたのだから。「建築家とはなにものなのか」。「なぜ彼らはあんなふうなのか」。「ここで建築家に何が出来るというのだろう」、云々。建築家は社会に対してその主体的な立場を確立しその役割を果たしたいと念願しつつ、「その社会が建築を作る」のリアリズムと否応なく顔を突き合わせてきたのだ。結局のところ「3.11以後」は「3.11以前」の連続であるに違いない。単純化された対比は第一次接近としてはあり得るとしても、その先はさほど見通しが良くないことを覚悟したほうが良いだろう。
 いささか自家撞着気味のこうした鬱屈にいくらか救いをもたらしてくれたのは、鷲田めるろ氏が「3.11以後の建築」展構想の発端が他でもない金沢21世紀美術館自体にあったと語ったことであった。金沢21世紀美術館は、地方都市としての金沢市の中心市街地に活気あるコアを生み、観光客を呼び込む重要なコンテンツとなった。建築が社会に何を出来るのか、ということを示すなによりも雄弁な実例として、それが「3.11以後の建築」の問題意識に繋がったのだという。逆にそのような視線から「3.11以後の建築」を読んでみることは、ずいぶん奥行きを変えて課題のありかを考えさせてくれるはずだ。質の高い建築がところを得て生まれ、その街あるいは地域のなかで新しい可能性のプラットフォームとなること。建築家は皆それを願って日夜悪戦苦闘し、その果てに社会はその成果を享受する。「3.11以後の建築」に付されたサブタイトルは「社会と建築家の新しい関係」であるが、古くて新しいこの「関係」こそが問題なのだろう。どのようなアプローチをとるにせよ、ターゲットははっきりしている。そのためにこそワークショップに集う人がいて、共に建築家は模索するのだ。

日埜直彦
1971年生まれ、建築家。日埜建築設計事務所主宰。
共著書に『磯崎新Interviews インタビューズ』
『白熱講義 これからの日本に都市計画は必要ですか』











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