人間には生まれながらに住まいを建設する本能がそなわっているわけではない。住まいは学習によって伝えられる文化的な産物なのである。住まいの情報は、個人の力によって創造され、維持されているのではなく、複数の人びとの手を経ながら、地域をこえ、世代をこえて伝えられてきた。建築人類学は、この文化として存在する住まいと、その文化をになう社会や人間の関係についてあきらかにすることをめざしている。 このシリーズに寄せられた論考は、すべて海外で長期間のフィールドワークに従事してきた地域社会の専門家の手になるものである。人類の住まいに起きていることについてすこしでも真実を知りたいとねがうなら、このシリーズは、地球上でいとなまれる住まいにかんする第一級の資料の宝庫になるだろう。
[1] 住まいをつむぐ
人間のつむぎあげる住まいのなかには、そもそも住まいがなくては絶対に生存が不可能な条件でいとなまれるものがある。氷原、高山、砂漠、海などの過酷な環境にある住まいは、なぜそうまでして住まうのかという存在論的な疑問を呼びおこさずにはおかない。
[2]住まいにつどう
ダニ/インドネシア アラック/ラオス アラブ/スーダン ほか
家族とそれを保証してきた仕掛けとしての住まいは、人類の産みだした画期的な発明品である。その知恵や技術はおどろくほど多様なものであり、一夫多妻や拡大家族のような血縁にもとづく集住からクラブ制のアパートにいたるまで、さまざまなつどいのかたちを実現している。
[3]住まいはかたる
バリ/インドネシア ギリアマ/ケニア マヤ/メキシコ ほか
情報伝達の媒体であり、情報それ自身でさえある住まいは、しばしば文化的活動の焦点となり、社会の思想をになうべき対象にまつりあげられる。それは住むための道具であることをこえて、人間や社会とはいったいどんな存在であるのかを雄弁にかたりはじめる。
[4] 住まいにいきる
小宇宙としての住まいは、過去の歴史を堆積させながら、時間や空間のしかるべき秩序のなかに社会の成員を位置づけている。こうして社会のつちかってきた秩序の体系は、住まいを建て、そこにいきる行為をとおして、人びとに追認され、再生産されてゆく。