歩いて楽しむ京都まちなか
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Bコース(新町通・明倫学区)

 

マンションと景観

 
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マンション
 
河野泰

 Bコースは、 主に室町通、 新町通を中心に明倫学区の中心部を歩きました。 写真は、 烏丸と室町の間の六角通に新しくできたマンションです。 このマンションの向かい側は町家風の建物が町並みとして残っている所なんですが、 昨年このマンションが建ちました。

岩堀由美子(重慶海華広告有限公司)

 このマンションは、 道からセットバックして周りと調和するようにセンスのいい格好良い建物ではあるのですが、 やはりボリュームがありすぎて気になるというのが、 私を含めてみなさんの感想でした。 周囲への気配りもマンションとしてはしたんでしょうが、 やはり威圧感はどうしてもあると思います。

河野

 このマンションは見てのとおり、 わざわざ軒を付けていますが、 これはちょうどその頃から美観のためにはこうしなさいと京都市から指導が入るようになったからです。 ただこれは、 まるで取って付けたみたいだとか、 わざとらしいという批判もあって、 評価が分かれるところです。

前田

 Aグループで指摘されているように、 セットバックしているのは、 むしろ良くないですね。


お町内の伝統と景観

 
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提灯飾りをするための目印
 
岩堀

 昔は町ごとに入口(木戸門)があったそうです。 写真は室町六角の入口にある祇園祭の時に柱を立てて提灯飾りをするための穴ですが、 このような穴が各町の入口にあります。

 
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町家(ちょういえ)の表構え
 
岩堀

 私たちが回ったところはいずれも祇園祭の山や鉾を持っている町内でした。 そういう町は共同でパブリックスペースを持っており、 そこを「町家(ちょういえ)」と呼んでいます。 町家は集会に使われたり、 祇園祭の時に使われたりします。 その奧には山や鉾の御神体が納められている蔵があるので、 こうして注連縄(しめなわ)を張っているのです。

 
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町家(ちょういえ)
 
岩堀

 町家(ちょういえ)になっている建物も、 表に面している所は会社などに貸しているそうです。

 
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町家(まちや)を自転車屋さんにした例
 
河野

 ある自転車屋さんが、 これからの商売は普通にやっていてはアカンと思い立って、 町家を借りてビジネス用のレンタサイクルを始めました。 自分の店は近くにあるのですが、 このように町家を転用して新しい試みをしておられます。 迷惑駐輪などの問題もありますが、 京都では自転車は重要な交通手段です。

 私たちの「歩いて暮らせるまちづくり」と共通するテーマであると思います。

 
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路地
 
河野

 ここは百足屋町です。 こういう路地がとても多い町で、 その中の長屋には昔ながらの濃いコミュニケーションがいまだに残っている所です。

 
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ガスメーターの目隠し
 
 このような形でガスメーターを、 目隠ししています。 景観に気を遣っている例として取り上げてみました。

 
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新町通六角町
 
 「三越」を興した三井家の京都店の発祥の地で、 伝統ある町内です。 このように間口の広い京町屋がまだ何軒か残っています。 お話をうかがった「藤井絞り」さんの看板も見えます。


藤井絞りさんで聞いた残すことの難しさ

 
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藤井絞りさんの座敷
 
河野

 Bコースの訪問先は藤井絞りさんです。

 これは、 藤井さんの家でお話をうかがっている様子です。 ここのお仕事は絞り染めの製造卸しですが、 本物の手仕事ですので1枚の着物を作るのに1年、 2年とかかります。 出来上がると何百万円もするのですが、 そういう高級品を扱っておられるそうです。

岩堀

 いろんなお話をお聞かせいただきましたが、 昭和5年に建てたというお家自体も大変立派なものでした。 私たちが今日歩いた所は祇園祭の鉾町であると同時に、 和装関係の卸屋さん、 問屋さんが建ち並ぶ商売の町でもあるんです。

 今日聞いた話の中でももっとも心にぐさっときたのは「新しく建ったマンションの前を通ると、 商売が成り立たなくなって土地を売ってしまったんだと断腸の思いがする」というお話です。 つまり、 子どもの時から一緒に育った町内のお仲間が商売がうまくいかなくなったときに町を出ていかれ、 その家がしばらくしてマンションになってしまうわけです。 私たちのように景観だけからマンションを見ているのではない、 別の思いがあるようです。

 美意識というセンスとお金と地域への愛着が揃ってないと、 これだけの構えの京町屋は維持できないんだと思って聞いておりました。 美しい景観を口にするのは簡単ですが、 聞いてみると重たい問題があるんだと思いました。 でも、 お話は大変面白かったです。

玄道文昭(歴史街道推進協議会)

 私も印象に残ったことをみなさんにお伝えしたいと思います。

 藤井絞りさんのお宅は昭和5年に建って、 今のご主人は昭和17年に当地で生まれて以来、 ずっとこのお仕事をなさっています。 お話を聞くと、 絞り染めはいろんな工程に分かれて、 それぞれの分業に携わる人で成り立っているお仕事です。 しかし、 着物の需要が減っている上に絞りは高価な物ですから、 絞りを支える分業の人たちの生活も厳しいんです。 工程の中のひとつ「漂白」を専門にしていた業者は全部潰れてしまったので、 他の工程の業者がそれをしなければならなくなり、 コストアップになってしまったというお話でした。 潰れた会社の跡地はほとんどマンションになってしまうということです。

 また藤井さんは向いのろーじ(路地)の奥のお宅に住んでおられるそうです。 室町通は問屋さんが多いところですが、 ほとんどの経営者は郊外に住んでおられて、 藤井絞りさんのように職住が同じ町内という人はほとんどいないと伺いました。 やはりそこに住んでいないと、 町に対する愛着は生まれてこないと語っておられました。

 住んでないと簡単に土地を売ってしまい、 それでまた町並みが変わっていくというのです。 しかし、 藤井さんは住んでいるからには頑張って仕事を守り、 町も守りたいとおっしゃっていました。 それが印象に残りましたので、 ご紹介した次第です。

河野

 お二人のお話は大変重要なことを押さえていらっしゃいますので、 補足説明しておきます。

 最近、 町家型店舗が増え、 観光のために町家を残すという傾向も見られます。 しかし、 やはり町家がちゃんと残るには、 「なりわい」が成り立っていることが重要なんです。 他人に見せるために町家を残しているわけではないということを知っていただきたいと思います。

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